「私たち日本人は社会と関わり、そこで他者に必要とされながら、深い身体の感覚に根ざした信頼と愛情に基づいた感情に結ばれながら生きてこそ、本当の生きがいや幸福を感じることができるのだ……」
近年、日本の社会は、本当の生きがいや幸福を感じることができない人がとても増えているように見えます。一年間の自殺者が数万人に上り、しかも10代の死因第1位は自殺、中高年の引きこもり者が60万人を超えるなどという事象は、生き辛さや息苦しさを抱えていたり、行き過ぎた競争社会に適応できない人や、将来を悲観する人がとても多いことを、如実に物語っているのではないでしょうか。
しかし、なぜそうなるのでしょう。経済の停滞、それに伴う失業者や貧困者の増加、健康不安を抱える人の蔓延など、一概には言えないでしょうが、いずれの場合も多かれ少なかれ、身体感覚が極度に鈍化していることに、大きな原因があると私共では考えております。そして、身体感覚を取り戻すことにより、自分に授けられた命の尊さや可能性に目覚めることが、困難や辛苦を乗り越え、立ち直る第一歩になると信じています。
身体感覚を取り戻す極めて有効な手段の一つが、「身体をゆるめる」ことであると、私共は経験を通じて確信しています。身体感覚を取り戻し、本当の生きがいや幸福を感じることは、「生きる力」の源泉であり、社会運営の最重要基盤であるとすら考えているのです。また「身体をゆるめる」ことは、日本が伝統的に培ってきた身心文化の中心をなす思想と実践であり、それらを学ぶことが未来へつながる希望になると考えています。
本『身心文化実践教室』は、「合氣道」「身言葉」「礼法」という三つの日本独自の身心文化の背景や経緯、特徴や実技を学ぶことを通して、「身体をゆるめる」重要性に対する理解を深めつつ、具体的な実践方法をお伝えいたします。そして、それらを日常において実践することにより、“ゆるんだ”身体と心を手に入れ、本当の生きがいや幸福を感じれることを目的に、共に修養するコミュティとして本教室を運営しております。
四方を海に囲まれ、四季があり、豊かな自然と穏やかな気候に恵まれた風土と環境。その中で極力争うことを避け、相手が自然であれ人であれ、何か問題が起こった時は、対話を通じて折り合いをつけ、調和して暮らしてきた知恵と生活習慣。それらを通して、私たち日本人は勤勉かつ几帳面、感受性豊かで穏やかな性質、異種のものを許容する柔軟性、世界中が驚く利他の精神を備える気質を育ててきたのではないでしょうか。その結果、古の日本人は豊かで優れた文化を生み出し、平和で幸福な循環型社会を築いてきたのだと考えられます。
つい200年ほど前の日本は、治安が良く、多彩な文化が花開き、人々の暮らしは質素でしたが、多くの人が幸せに暮らしていました。その様子を見た諸外国から訪れた人たちは一様に驚嘆し、「これぞ理想郷」と羨望する人もいたそうです。ところが明治維新以降、西洋文明が怒濤の如く流入し、日々の生活が西洋化しました。その結果が、冒頭に述べた現代社会の様相です。その根底に横たわる問題は、生活の土台となっていた身心文化が損なわれ、形骸化し、忘れ去られたことにあると私共は考えています。それは、日本人の性質や気質を逆手に取られ、意図的にコントロールされてきた結果でもあると思われます。
この状況を打破する鍵は、一人ひとりが日々の生き方にあると思います。そして生き方を見直し、整えるためには、日本の心身文化を学ぶことが、大きな力になると考えています。なぜなら暮らしの中で必然的に生み出され、長い時間をかけて磨かれてきた日本の身心文化は、よりよく生きるための方法を命懸けで探究し続けてきた、偉大なる先人たちの知恵と工夫の宝庫だからです。当教室は「合氣道」「身言葉」「礼法」の三つの身心文化を取り上げ、それぞれ優れた著作を選択し、それを手本としながら共に研究と実践を重ねて参ります。
武道は、日本が世界に誇る身心文化の一つと考えています。中でも合氣道は現代武道でありながら、競技スポーツ化の道を選ばず、日本古来の武術や精神文化の要素を色濃く残しています。本研究会では、合氣道を「世界和合の道」として創始した開祖、植芝盛平翁の直弟子である五月女貢師範の著書『伝承のともしび』を手本として読み進め、開祖が伝えたかった合氣道の真髄を紐解きながら、合氣道の基本を共に学びます。
日本語には、「腹が立つ」「身に沁みる」「腕が鳴る」など、体の部位を含む「身言葉(みことば)」が、世界でも類を見ないほど多数存在しています。しかし現代社会においては、その大半が実感を伴うことなく形骸化しており、それが人間力の低下につながっているようです。本研究会では、卓越した武術家であり、運動科学者である高岡英夫師の著書『日本語のちから』を手本として読み進め、身言葉の本質を学び、身体意識の覚醒に取り組みます。
日本には、優れた健康法がたくさんあります。それらは、日本の風土、日本人の体質や気質に合うものなのですが、現代医療の陰に埋もれてしまい、忘れ去られているものも多いです。大正から昭和の時代に、西 勝造先生が自ら経験と研究の末に集大成された「西式健康法」はその代表格とも言えます。戦後随分たって復刻された「西式強健術と触手療法」を紐解きながら、その真髄を一緒に学んでまいりましょう。
本教室では、人手を借りることなく、自分自身で、器具も道具も使わず、いつでもどこでも身体をゆるめることができる身体操作法をお伝えいたします。身体がゆるむことにより、1)自律神経バランスが整う、2)体液循環が促進される、3)呼吸が深くなる、4)骨格バランスが整う、5)神経交通が正常化する、6)精神が安定するなどの効果が期待できます。その結果として、生命力=自然治癒力が活性し、身体と心を常に良好な状態に保ちやすくなります。
主として、以下の基本体操法をお伝えし、一緒に実践や稽古をいたします。ただし各体操法は当教室のオリジナルではありません。それぞれに考案者や創始者がおり、専門の教室や道場などが存在します。中には、長い歴史の中で、伝統的に存在してきたものもあります。いずれにせよ、目覚ましい効果があると実証されているものばかりです。当教室では、参加者の皆さまと一緒に探究し、稽古するという立場でお伝えをしながら、それぞれがどのような理論に基づき、いかなる機序で作用し、どんな効能があるのかを、整体的にご説明をいたします。